世界の探検家たち

冒険家、探検家と呼ばれる人は今も昔も数多くいますが、その中の数名をこちらで紹介します。

探検家は広義の意味において、冒険家(冒険者)や宇宙飛行士を含むこともあり、
「未知の地域」を対象とする踏査(探検)者に関しては、探検家と呼ぶ定義の仕方もあるなど、
その境目はあいまいですが、共通しているのは、困難な挑戦に挑もうとする人たちである事でしょう。

世界の探検家たち 目次

植村 直己(うえむら なおみ)

日本が誇る冒険家の1人で、数々の偉業を成し遂げた人物。
その功績を讃えられ、1984年4月19日には国民栄誉賞を受賞。
1996年に植村直己冒険賞というものが設けられている。

主な登山・冒険歴は以下の通り。

1965年4月23日:ゴジュンバ・カン登頂
1966年7月25日:モンブラン単独登頂
1966年10月24日:キリマンジャロ単独登頂
1968年2月5日:アコンカグア単独登頂
1968年4月20日 - 6月20日:アマゾン河6,000km単独筏下り
1970年5月11日:エベレスト登頂(松浦輝男とともに日本人初登頂)
1970年8月26日:マッキンリー単独初登頂(世界初の五大陸最高峰登頂成功)
1971年1月1日:冬季グランド・ジョラス北壁完登
1971年8月30日 - 10月20日:日本列島3,000kmを徒歩で縦断
1972年9月4日 - 1973年2月4日:グリーンランド北端シオラパルク村のエスキモー宅に単身寄宿し共同生活
1973年2月4日 - 4月30日:グリーンランド3,000km犬ゾリ単独行
1974年12月29日 - 1976年5月8日:北極圏12,000km犬ゾリ単独行
1976年7月:エルブルスに登頂
1978年4月29日:犬ゾリ単独行で北極点到達(単独到達世界初)
1978年8月22日:犬ゾリ単独行でグリーンランド縦断成功
1982年8月13日:冬期アコンカグア第二登達成(共同)
1984年2月12日:マッキンリー冬期単独登頂(世界初)
翌2月13日に行われた交信以降は連絡が取れなくなり消息不明となった。


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エドモンド・ヒラリー

ニュージーランドのオークランド出身。
1953年5月29日午前11時30分(ネパール時間)、シェルパのテンジン・ノルゲイと共に
人類初となるエベレスト山頂到達に成功した人物。

エベレスト制覇の悲願を達成したこの偉業達成は世界中に報道され、
イギリス国王エリザベス2世より登山隊37名に対し戴冠メダルが授与され、
1953年6月6日にイギリス国王エリザベス2世より大英帝国勲章ナイトの勲位を
授与されSir(サー)の称号を得た。

存命中からニュージーランドの銀行券5ドル紙幣の肖像に採用されている。


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ロアール・アムンセン

ノルウェー出身。主に極地に挑んだ探検家として知られる。
イギリス海軍大佐のロバート・スコットと人類初の南極点到達を競い、
1911年12月14日には探検隊を率いて人類史上初めて南極点への到達に成功。
また、1926年には飛行船で北極点へ到達し、同行者のオスカー・ウィスチングと
共に人類史上初めて両極点への到達を果たした人物となった。


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ニール・オールデン・アームストロング

アメリカ合衆国出身。
アポロ11号の船長としてアポロ計画に参加し、人類で初めて月面に降り立った人物。
宇宙名誉勲章を受賞している。

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。」
(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)
はあまりの名言である。

月面に降り立ったとき、ニールが最初に発した言葉は、
「ヒューストン、こちら静かの基地。イーグルは着陸した」
(Houston, Tranquility Base here. The Eagle has landed.)
であったという。


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ジョバンニ・フランチェスコ・ジェメリ・カレリ

イタリア出身の冒険家。
公共交通機関を用いて世界を旅した最初のヨーロッパ人の1人であり、『世界初のバックパッカー』とも言われる。
カレリの旅はジュール・ヴェルヌが八十日間世界一周を著す契機となったと考えられている。


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ヴァスコ・ダ・ガマ

ヨーロッパからアフリカ南岸を経てインドへ航海した記録に残る最初のヨーロッパ人であり、
しばしばインドへの航路をヨーロッパ人として初めて「発見」した人物であるとされる。
このインド航路の開拓によって、ポルトガル海上帝国の基礎が築かれた。
バスコ・ダ・ガマとも表記される。


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