□ 天誅 小説集 □

■ 天誅小説 「ある日の丘」 ■
 彩女 「ここは…」

辺り一面は真っ暗である。自分がどういう状況ですらもわからない。

暗闇の中、かすかに聞こえる声…。

 力丸 「…ゃめ、彩女」

 彩女 「り、力丸…?」

だんだんと暗闇が解け、ぼんやりとした光が洞窟を照らした。
側には冥王から助け出した菊姫と、共に洞窟に潜入した力丸がいた。

ドーン!!

突然、大きな爆発音と共に洞窟が崩れ始めた。

壁は爆発で崩れ落ち、大きな破片となって地面に転がっている。
無数の小岩が振ってきたかと思うと、天井がだんだんと落下し始めて迫ってきた。
部屋から出ようにも、瓦礫で出口がふさがれてしまい、狭くなってすぐには出られない。

 力丸 「彩女、ここは危険だ、早く逃げろ!」

彩女は菊姫を抱えて、細くなった出口へと走り出した。
必至に瓦礫をどかしていくが、なかなか通れるようにならない。

増していく振動に耐え切れなくなり、立つことが出来なくなった。
突然、急激に天井が落下してきた。
もうだめかと思った瞬間、力丸が立ち上がりながら、落下を食い止めていた。

 力丸 「拙者は天井を支える、彩女、早く出口の瓦礫をどかすのだ!」

彩女は軽くうなずき、急いで瓦礫を掻き分けた。
岩の破片をどかし、ようやく出口が通れるようになる。

 彩女 「力丸!あんたも逃げな!」

 力丸 「拙者が手を離せば、洞窟全体が崩れてしまうかもしれぬ。
     彩女、行け!姫を頼んだぞ!」

 彩女 「り、力丸…!」

彩女は、地面に転がる十六夜に気がついた。
力丸は天井を支える前、とっさに十六夜を地面に置いていたのだ。
彩女は、力丸のその行為が何を意味するのかを直感した。
すぐさま十六夜を手にとり、菊姫を連れ、力丸に背を向けて言った。

 彩女 「力丸、十六夜はあたいが預かっとくよ。
     だから、必ず受け取りに来るんだよ!」

 力丸 「ああ、必ず」

だんだんと洞窟が崩れていく、彩女は出口を抜けて、
外へと続く通路を走りだした。

 彩女 「死ぬんじゃないよ…」

菊姫を抱え、暗い洞窟を走り抜けながら彩女は小さく言った。
かすかにこだまするその声、だが、その声が力丸に届いたのか、彩女にもわからなかった。

ここでまた、自分が知っている数少ない人が消えていってしまうのか。
どんなに長く生きたとしても慣れるものではなく、悲しいことにかわりはない。
しかしこれから先も、どんなことがあっても取り乱さず、それを受け入れる覚悟が必要なのだ。

 彩女 「わかってるよ、そんなことは。
     忍びとして、生きたときから…。」

彩女の目の奥に、熱いものがだんだんこみ上げてくる。
しかし、悲しんでいる暇などはない。
時折目をつぶりながら、ただひたすら出口を目指す。

 菊姫 「おねぇちゃん!力丸は?力丸はどうなっちゃうの?」

彩女は堅く口を閉ざしたまま、菊姫を抱えて静かに走り抜けていく。
だんだん激しくなる音とともに、洞窟を駆け抜ける先に光が見える。

 菊姫 「おねぇちゃん!おねぇちゃん!」

菊──


……!

ふと目を覚ますと、菊姫が顔を覗き込んでいた。

 菊姫 「やぁ〜っと起きたのおねぇちゃん。さっきから呼んでるのに」

彩女は菊姫に誘われて、城の近くの丘に散歩にきていた。
気持ちがいい風と陽気な太陽の光に、二人で転寝をしていたのだ。

 彩女 「あ、ああ。ごめんよ」

 菊姫 「おねぇちゃん?どうしたの、目、真っ赤だよ」

 彩女 「…ちょっと寝すぎちゃっただけだよ、大丈夫。
     さ、帰ろうか」

 菊姫 「うん!明日もこようね!
     父上から祝ってもらった後に!」

 彩女 「ああ。そうか、明日は菊の誕生日だものね。」

 菊姫 「うん、もう大人だよ。
     だから、もうお酒だって飲めるんだから!」

 彩女 「ははは、まだ菊には早いよ」

この二人、どこから見てもとても仲がよい姉妹である。
人から聞かない限りは、二人の間に血の繋がりがないと、気がつくものはいるまい。

慕っていた兄を失った苦しみ。
また一人、家族同然の仲間が消えていった悲しみ。
しかし、彩女が感傷に負けることは決してない。
そのような過去が、彩女を強くしていた。

過去が己を強くする、昔の自分があり、今の自分があるのだ。
そのような事を考えることなどいらない。
必要なのは、忍びとしての、誇りのみだ。

まもなく新しい季節がこの丘にもやってこようとしていた。
菊もまた、明日で13歳である。
忍凱旋の物語から幾月かたったある日のお話です。
あの時の出来事を、彩女はまだ頭の中で整理できていないのかもしれませんね。

彩女の夢の内容と実際の内容とが変わっているのは、
彩女の頭のなかで起こっている出来事だからです。
実際に、力丸がいなくなることは同じように描かれているのですが。

これから先の物語は、天誅参を見ることとしましょう。
(といいつつ菊姫の年齢がそのままだったら…番外編ということで(笑)

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