師走も半ばを越え、寒さが肌身を突き刺すある日のことであった。枝々の向こうに透明な青空が広がっていた。
「そろそろ出かけねば。」
彼は彼方の空を眺めながら一人ごちた。そう、その日は二月ほど前から手はずを整えていた第弐回関西圏天誅オフ会(注1)が行なわれることになっていた。
軽く身震いをしながら千里山のふもとのあばら家を後にした。すぐそばの駅舎から電車に乗り、かつて天下の台所とよばれた大阪の繁華街へと向かった。
彼はオフ会の幹事であった。名を・・・、いや、故あって本名は明らかにしていなかったが、
備後屋と名乗っていた。密命を帯びて来阪したのだが、
商人風の名を語っているのは商人の町大阪ではその方が通りがいいだろうと配慮してのことだった(注2)。
早馬よりも早く流れる街並みを眺めながら此度(こたび)の主命を反芻してみた。(注3)
関西の忍びと合流せよ
一、今も生き続ける大阪の忍びを確認せよ
一、天誅の情報を交換せよ
一、互いの技量を見極めよ
(果たしてうまく出会えるだろうか。)
互いに面識はない。かねてより密書(注4)にて連絡をとっていたものの、どうしても一抹の不安をぬぐい去ることはできなかった。
三十分ほど電車に揺られ、やがて集合地点である堺筋線動物園前駅に到着した。
忍びたちは真の姿を隠し、道行く人々と変わらぬ姿をしているという。
おそらくこのままでは出会えまい。懐からそっとまだ新しい書物を取り出し、何食わぬ顔をして読み始めた。
『立体忍者活劇 天誅弐 公式攻略ガイド』
(これに気づかぬ者たちではあるまい。)
まだ見ぬ忍びたちではあったが、彼には確信があった。
やがて一般人にはそれと分からぬ気配を漂わせつつそっと近づいて来る者があった。短く言う。
「合言葉。天。」
「誅。」
やはり忍びの一人であった。備後屋はふっと表情を和らげ、自己紹介した。
最初に現れた忍びは右倉うぐりであった。温和な表情に垣間見える鋭い眼光、見事な体格、さすがである。
後に明らかになったことだが、彼は天誅忍百選その六拾参の作者であった。
道理でただならぬ身のこなしである。しばらく談笑し、他の忍びたちが集まるのを待つ。
四半時ほど経ったであろうか。現れない。彼はそっとその日集まることになっている者たちの名を記した覚え書きを見た。
(刻限を忘れる者たちではあるまいに。ほかの場所にいるのであろうか。)
そう、動物園前駅の出口は意外に広かったのである。二人は改札口に向かって歩いて行った。
・・・いた。杉波疾風をはじめとする三人である。
杉波疾風は第壱回関西圏天誅オフ会に参加しており、
第弐回オフ会開催に向けて副幹事として特筆すべき働きを示していたのである。
しばし再会を喜び合った後、互いに自己紹介をする。
杉波疾風の陰で静かなたたずまいを呈しながらも周囲に鋭い注意を払っていた二人は、
忍び名いでちゃん、およびたつおきたである。たつおきたは第壱回の折りに参加したSSI63に続く二人目のくの一であった。
聞けば杉波疾風はすでに二十分以上前に到着していたという。
現われることまさにその名の如しであった。
備後屋も決して刻限間際に訪れたわけではなかったのであるが、その気配を気づかせないとはさすがである。
!
しかも彼が手にしていたものは、天誅をこよなく愛するものならあこがれるあの天誅扇である。
天誅弐発売時に店頭にて配布されたという特典であるが、備後屋は予約購入したにもかかわらず入手し損ねた代物である。
備後屋はガイドを、杉波疾風は扇を手にし、他の者たちはもともと寡黙なためか少々硬い表情のまま話をしながら、
来ることになっていたもう一人を待つ。
が、来ない。連絡もない。二十分ほど軽く談笑しながら待ったが現れないので諦め、
此度オフ会の第一の目的地である、大阪が象徴、通天閣へと足を向けた。
通天閣―――初代通天閣は明治四十五年に誕生し、当時東洋一の高さ(64m)を誇ったという。
現在は昭和三十一年に再建された二代目であり、高さ103m。
浪速のエッフェル塔とも言われ(ているらしい)、今も多くの観光客を集めている。
入場料を払うと通天閣のペーパークラフトの付属したパンフレットを手渡された。
事務的な係員の指示に従ってエレベーターに乗ると、まもなく展望台へと動き出す。
女性のアナウンスを耳にしつつ、エレベーターはのろのろと登り、
窓の外をHITACHIの文字がカウントダウンのように逆に流れ、やがて展望台にたどりついた。
(これが通天閣の眺めか)
高さ91m。平成の世となってはとりわけ高い建造物ではないが、それでも高い。
大阪の街並みが視界より遥かに大きく広がる。
遠く北東方向に大阪城を望み、北には日本橋の電気街を、東には天王寺動物園を、
そして南東には天王寺のビルを目にすることができる。
遠い地面に怯みつつも展望台を囲む柵を見ては力丸なら平気でここにぶら下がるんだろうとか、
天誅だとここにぶら下がってもなぜか見つからない、などと戯れ言を言いながら、
しばしの時を過ごす。晴れ渡った西の空には夕日が沈もうとしていた。
一行は通天閣を降り、フェスティバルゲートをしばらく散策し、やがて黄昏を背に次なるオフ会の集合地点である天王寺駅へと向かった。
暗がりが増すにつれ、次第に街のネオンがその輝きを増す。
「JR天王寺駅 中央改札口」
その地が新たなる忍びたちの集う場であった。たつおきたは密命を帯びているためかその場より一行と行動を異にし、
雑踏の中へと姿をくらませて行った。
備後屋は来たるべき新たな忍びの姿を求めて再び目印である例の書物を手に、流れ行く人込み中に目を向けた。
そのとき、突然背後にただならぬ気配を感じた。はっと振り返るとそこには二つの影があった。
「もしやお主たちが・・・」
「はっ。くろんぼおよび忍K、ただいま参上仕りました。」
おお、そうか、と言いつつ新たな仲間の到来に彼はほっと安堵した。
あと一人。はたして揃うであろうか。彼が一抹の不安を抱いたとき、懐の電話が反応した。
電話の主は天王寺駅に向かいつつあるとのことだった。
しばしの時を経て、彼は到着した。高炉戯(こうろぎ)である(注5)。
此度のオフ会のためはるばる三重から訪れた。たしか伊賀の里が三重にあるから、
ひょっとしたら伊賀の抜け忍であろうかなどという考えがふと備後屋の頭をよぎったが敢えて問わないことにした。
何はともあれ、全員揃った。
「いざ。」
一同は鬼影の手下のごとく(注6)、足音も立てずにオフ会会場の地へと疾走した。
きらめくネオンの一角。
『ホテルエコーオオサカ9F LOUNGE & RESTAURANT PARK』
そこが記念すべき第弐回関西圏天誅オフ会の開催地である。
抑え目な照明、落ち着いた店内。入るとともに奥の一室へと案内される。
店の雰囲気とは対照的に少々ムサい集団ではあったが、
杉波疾風、いでちゃん、高炉戯、右倉うぐり、忍K、くろんぼ、そして備後屋の総勢七人が此度の集結メンバーであった(席順でもある)。
さすが九階なだけあって景色がよい。天王寺の夜景を一望できる。
この会場は杉波疾風が隠密裏に入念な下調べの末見つけたところである。
あまりの雰囲気の良さに備後屋は少々気恥ずかしい気がしないでもなかったが、杉波疾風のセンスの良さを窺わせる場所であった。
ビールなりウーロン茶なり思い思いの飲み物を手にし、ついに乾杯の運びとなった。
程なく料理が運ばれ、一同料理に箸を伸ばしながら、改めて順に自己紹介する。
少々ぎこちない雰囲気が感じられなくもなかったが、天誅弐をはじめ、凱旋や百選の話題、
好きな登場人物や、虎の巻作成の裏話など話しが広がるにつれ、
さすが皆思い入れが強いゲームなだけに日ごろ掲示板等では語り尽くせぬ思いの丈を語り合っていた。
その日の料理は和風前菜盛合せ、タコキムチのトロロがけ、大根と生ハムのサラダ柚子ドレッシング、
本日の鮮魚の気まぐれ風、ソーセージとポテトのチリグラタン、カキフライ、チキンの照焼ねぎ風味、
神戸のそばめし、昔懐しい駄菓子、そして季節のフルーツ盛合せというメニューであった。
変化に富んだ料理、そしてデザートを楽しみ、最後に注がれたコーヒーがそろそろオフ会の終了が間近であること物語っていた。
会計を済ませ、皆ホテルから外に出、再び天王寺駅と歩を進めた。
オフ会の途中何度か季節はずれな稲妻が空を駆け抜けたが、雨はすでにやみ、夜空は晴れ間さえのぞいていた。
・・・が、それでオフ会は終わりではなかった。天誅好きが集まって天誅の話題で盛り上がり、
それでそのまま帰ることができるわけがない。皆我こそが忍びの長たらんと密かに自負している者たちばかりである。
備後屋は彼らの気持ちを察してか、副幹事である杉波疾風と予めオフ会終了後二次会として備後屋のあばら家にて天誅大会を
開くことを取り決めていた。むしろこれからが本当のオフ会であると言っても過言ではなかった。オフ会開催の第三の使命である。
一行は電車に乗り、新たな目的地、千里山のふもとにある備後屋の隠れ家へと向かった。
彼にとってはもちろん、多くの者にとってもこれだけの人数で天誅をし、互いの技を目にするのは初めてであった。
また、本二次会で注目すべき点は右倉うぐりの持ってきた海外版天誅弐であった。
プレステに特殊な装置を装着し、起動する。見慣れたオープニングムービーののち、いつもと異なるタイトル画面に一同どよめく。
日本版との差は主にムービーに現れていた。
龍丸編の二面。龍丸の飛び込む窓に鉄格子がない。
弓兵、槍兵とともに襲い来る戸田。倒した戸田を持ち上げた香我美の長剣が横になぎ払われる。
そして手にした戸田の首に火を灯し崖から放り投げる。
―――これが海外版か。
初めて見る衝撃的なシーンに一同固唾を飲んだ。貴重な体験であった。
夜も更け、終電が近くなってきた頃、右倉うぐり、くろんぼ、そして忍Kの三名はそれぞれの任地へと夜陰にまぎれて旅立って行った。
残った面々は更に天誅を続ける。初代、凱旋、百選、天誅弐。
いずれもそれなりに極めた者達ばかりである。
店頭で遊べばある程度のギャラリーを集めうる技量は持っているだろうと思われる。
そのような強者どもの中でも杉波疾風の技は群を抜いていた。
さすがひとかどの天誅サイトを開設しているだけのことはある。
地を這う力丸、地を泳ぐ力丸、光る十六夜。鬼影の脚技の如く次々と繰り広げられる珍現象の数々。
天誅の裏技を知り尽くした彼ならではである。
一通りの珍現象を楽しんだ彼らが次に挑戦したのはそれぞれが持ち寄った任務である。
右倉うぐり、くろんぼ、忍Kの三名がいたときにもかなり衝撃的な任務を目にし、
それぞれ持ち寄ったメモリーカードにコピーしていったのだが、
新たに明らかにされる杉波疾風の持ってきた秘蔵任務は実に多彩かつ巧妙を極めていた (注7)。
高炉戯の任務も複数あった。そしていでちゃんの持ってきた任務。
発売後まだひと月にも満たない頃なのに早くも天誅弐で作成した任務である。
備後屋は想像力、創造力の乏しさのためか任務を供することができず、ただただ感じ入るばかりであった。
皆それなりに腕に覚えがある者達ばかりであったはずだが、はじめての任務に一様に手を焼いていた。
世界は広い。よりいっそうの日々の鍛錬が必要であることを感じていた。
杉波疾風に拠るところが大きいがその日持ち寄った任務数は優に百を越えていたと思われる。
もちろんその場ではその片鱗を垣間見たに過ぎなかったが、新たな百選を手に入れたも同然であった。
丑三つ刻はとうに過ぎていた。世の人々は眠りについている一方で、彼らのいる一室だけが熱く、天誅を満喫していた。
競い合うわけでもなく初めて目にする任務に長年培ってきた己の技量を惜しげもなく注ぎ込むことができる、
あるいは自分の作成した任務を他の人が何度も何度も挑戦し、その反応をつぶさに見ることができる。
そのような場がほかにあろうか。共通の興味を持った者の集まり、オフ会ならではであろう。
まだ続く。凱旋デバッグモードによる対戦。鬼影をはじめ、怨、バルマーなどいつもは攻略すべき好敵手たちを操り、
力丸や彩女を相手に戦う。はじめは主人公の主観のために操作に戸惑うが慣れるにつれいい戦いになる。
新たな楽しみについ力が入る。これもオフ会ならではであろう。
窓の外が白み、睡魔という新たな敵との戦いも余儀なくされたが、それでもひたすら天誅に向かいつづけていた。
凱旋、百選、弐、虎の巻と取り替え引き換え挑みつづけ、気がつけばもう陽も傾きつつあった。
徹夜明けでもろいような高揚した気分の一同は、疲れた目をしながらまたいつの日か再会することを約し、
それぞれの任地へと散開していった。
まさに天誅にどっぷりと浸かったオフ会であった。第壱回のオフ会ではたった三人であったのが今回は総勢八人。
第壱回の折りはその後も続くか自信がなく、敢えて第壱回と銘打つことができなかった備後屋であったが、
こうして第弐回を無事終え、無事主命を果たした手応えを得たことはまさに感無量であった。
彼はおのずと熱くなる目頭をどうしても抑えることができなかった。
彼の頬を流れる涙に夕日が紅く映えた。
また修行しよう。そう、彼もまた東忍流を受け継ぐ一人なのであった。
終
注1 このオフ会は決して(株)アクワイア公認ではありません。また、この物語はかなり劇画調に脚色してあります。
注2 ウソです。ただのこじつけ。(越後屋+備前屋)÷2
注3 (株)アクワイアとは関係ありません
注4 メールおよび各種掲示板
注5 現在は蟋蟀(こおろぎ)と名を改めています
注6 天誅 忍凱旋 オープニングムービー参照
注7 いくつかは彼のサイトからダウンロード可能
最後に・・・
拙い文章ながら最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
オフ会ってこんなことしてるのかということが分かっていただければ幸いです。
今杉波さんが第参回オフ会を企画されておりますので、興味を持たれた方はぜひご参加ください。
そして何よりもオフ会に参加してくださった皆さん、本当にどうもありがとうございました。
第弐回でこれだけ集まり嬉しく思います。
楽しかったとの感想をいただき、幹事を担当致しましたものとしてまさに幹事冥利に尽きます。
なお、文中では敬称略とさせていただきましたことをお詫び致します。
また私の都合によりオフ会レポートが非常に遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。